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英国の素敵な書店

書店減少の傾向に歯止めがかかり、近年、新しい書店が各地に誕生しているイギリス。
どこも個性豊かで魅力的!  現地在住のジャーナリスト・清水玲奈さんに案内してもらいました。

英国では書店が増えている!?

 書店文化のリバイバルとも言うべき現象が、イギリスでは起きています。2016年以降、独立系書店の数は増え続けているし、大手書店チェーンも各地に支店を増やす好調ぶりなのです。それはなぜだろう?  そんな疑問を抱えて数年にわたり書店巡りを続け、このほど『英国の本屋さんの間取り』(エクスナレッジ)にまとめました。個性的な19軒を、オーナー店長や書店員のインタビュー、それに写真とイラストで紹介しています。

ロンドンの運河に停泊する船が丸ごと書店になった「ワード・オン・ザ・ウォーター」。船内で暮らす店主が飼っている看板犬のスターが迎えてくれる。

 日本と同様、イギリスでも、かつては書店が減り続けていました。イギリスの書店事情を理解するためには、まず1990年代に遡る必要があります。その頃、本の定価販売を定めていた協定が崩壊すると、熾烈な価格競争が始まりました。個人経営の街の書店が次々と姿を消し、出版社からの大量仕入れによって割引販売をする大手書店チェーンが台頭。2000年頃、それらのチェーンの共倒れが起こり、生き残り組もAmazonや電子書籍との競争によって苦戦を強いられ、書店の数は激減したのです。

本の世界への船旅ができる「ワード・オン・ザ・ウォーター」の店内。ビンテージの家具や小物と本が並ぶ。

 同じ頃、「ブックストア・ツーリズム」という言葉が聞かれるようになりました。わざわざ遠方の書店に出かけていくという現象です。本を買うため(だけ)ではなく、本のある空間を楽しむために出かける場所。書店離れの反動のように、そんな新しい書店のあり方を追求する店が、SNSの台頭も追い風になって徐々に増えていきました。

ティーカップ片手に読書を満喫

 たとえば、ロンドン・キングスクロス駅(ハリー・ポッターが9と3/4番線からホグワーツ魔法魔術学校に向けて旅立った駅)の裏手にある運河沿いには、船を丸ごと店にした「ワード・オン・ザ・ウォーター」(店名は水の上の言葉という意味)があります。船の中には、水面に反射したゆらめく光が差し込みます。いつも独自の選曲によるBGMが流れていて、プレイリストをSpotifyで公開しているほか、夏は船上でライブも行います。
 やはり旅情を感じさせるのが、北イングランドの小さな村アニックにある広大な旧駅舎を用いた「バーター・ブックス」です。35万冊の古書を置き、年間35万人が訪れる一大観光名所になっています。本物の火が燃える暖炉のそばで紅茶を飲みながら本を読めるカフェは、行列ができる人気ぶりです。

(左)北イングランドの旧駅舎を利用した「バーター・ブックス」。(右)犬も飼い主も、本のある温かな空間でくつろいでいる。

“リアル”な書店員に選んでもらう安心感

 一方で、目利きの店長・店員による選書が読書人の支持を集める正統派の書店も堅調です。イギリスではクリスマスプレゼントに本を贈る習慣があり、どの店も、10月の出版シーズンからクリスマス前までの時期が一番の書き入れ時になります。どんな本を贈るか悩むまでもなく、多くの人は、信頼できる書店員がいる店に行きます。贈る相手がどんな人で、何に興味があるかを言っただけで、ぴったりの本を選んでくれる目利きの書店員がいるからです。もちろん、自分が「次に読むべき本」を探すときにも、こうした店は頼りになります。Amazonのアルゴリズムで出てくるおすすめに辟易した体験のある人ほど、リアル書店の良さを実感しているのです。
 さらに、ロンドンでも地方でも、書店は作家や出版社との関係を強化し、出版記念イベントとしての著者トークや朗読会、それにテーマを設けたメンバー制の読書会などを主催して、コミュニティづくりに努めています。
 本があるリアルな空間を楽しみ、作家、書店員や読書仲間との触れ合いを通して読書生活を豊かにしてくれる。そんな書店があり、少し高くても喜んでここで本を買い、店を応援したいという読者が集まっているのです。

未来の読者を育てる取り組み

 2016年にロンドン東部にオープンした「リブレリア」は、中でも突出した存在です。アルゼンチン出身の作家・ボルヘスの作品に登場する図書館をイメージしたという店内は、奥に向かって細長く、迷路のように曲がりくねった棚が続きます。あちこちにランプがあるものの全体が薄暗く、奥の壁が鏡張りになっているため、無限に書棚が続くような錯覚を引き起こします。店内は携帯電話が使用禁止で、とことんまで本との出合いを楽しめる夢のような空間です。さらに、棚には「幻滅した人のための幻想」「頭脳と心」など、独自のカテゴリー表示があり、店が厳選した本が思いがけない配列で並んでいます。アジア諸国やアラブ世界の現代文学など、ほかでは目につかないような本を、コアな読者たちが「この店のおすすめなら」と買っていきます。店内では著者や翻訳者らによる本をテーマにしたトークを頻繁に開催し、その録音をPodcastでも公開して人気を呼んでいます。店長が熱心に勧めた結果、イギリスでは無名だった韓国人作家の本が100冊売れたといった例があるほどです。

(左)「リブレリア」の鏡張りの壁の脇に、隠れ家のような児童書コーナーがある。(右)不定形に続く棚の間に、座って本が読めるコーナーが設けられている。

 そして、このリブレリアの一番奥にある小部屋は、「昇る星」と表示された児童書コーナーです。この店に限らず、成功している多くの書店には、子どもの本のコーナーにとりわけ力を入れているという共通点があります。子どもに本を読む喜びを味わってもらい、書店の活用法を教えることは、未来の読者を育てることであり、出版・書店業界の存続のために不可欠だという意識があるのです。

 さらに近年は、世界各国の現代文学の翻訳や、有色人種やニューロダイバージェントの子どもが主人公の児童書など、多様な本を積極的に売る取り組みが顕著です。また各地でLGBTQ+の権利を訴える書店も生まれています。本の多様性を高めることにより、書店の客層を広げるという業界の努力が、昨今の書店の盛り上がりに貢献しています。
 余談ですが、前出の「ワード・オン・ザ・ウォーター」にはその名も「スター」という大人気の看板犬がいるし、「バーター・ブックス」は犬連れの客を歓迎。ドッグフレンドリーな書店が多いのも、イギリスらしい。書店は、その国の文化と社会を映し出す鏡なのでしょう。

こだわりの書店がたくさん!

王立植物園内の書籍コーナー
18世紀創立の王立植物園「キュー・ガーデンズ」のギフトショップの一角にある書籍コーナー。花の育て方や野菜料理の本から、毒草が登場する小説まで、幅広いラインナップが楽しい。店内には観葉植物が飾られ、植木鉢などのグッズとともに本が並ぶ。温室のような雰囲気の中で本が選べる。

お風呂のある名店
古代ローマの公共浴場跡がある世界遺産の街、バースを代表するのが「ミスター・ビーズ・エンポリアム」。屋敷を一軒丸ごと書店にしたような店にはさまざまな部屋があり、発見が尽きない。バースにちなんで猫足のバスタブも置かれていて、本が気持ちよさそうに「入浴」している。

寄稿・写真:清水玲奈(しみず・れいな)
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英、パリ暮らしを経てロンドン在住。2010年から世界各地の書店取材を続けている。本屋さん、出版、カルチャー関連のウェブ記事・著書・訳書多数。著書に『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』『英国の本屋さんの間取り』(いずれもエクスナレッジ)などがある。
ブログ:https://reinashimizu.blog.jp

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