漠然とした不安に流されるか
それとも、本を読んで行動に移すか
サンクチュアリ出版編集長 橋本圭右
教頭に反省文を褒められて文学の道を志す
高校生の時、少々やんちゃをしておりまして、停学になった時期があります。休んでいる間、毎日反省文を書かなくてはならず、仲間は嘆いていましたが、私はまったく苦ではなく。むしろ楽しくてポエムやら物語めいたものを書きまくっていました。処分が明けた頃には原稿用紙100枚以上になっていて、それを読んだ教頭先生が激賞してくれて。当時の私は褒められたことがすごく嬉しくて、自分は文章で生きていけると勘違いしちゃったんですね。で、一旦文学に目覚めてベタに夏目漱石とか芥川龍之介とか読み始めたのですが、とくに将来の夢もなく、大学は普通の経営学部に入って悶々とした日々を送っていました。
ある時、学食で出版社のライター募集のチラシを目にし、興味本位で応募。運良く受かり、求人誌の編集ページを任されるようになりました。サブカルチャー要素の強い企画で、楽しく働くだけでギャラをもらえちゃう。これは美味しいぞと、まわりが就職活動しているのを横目に、私はこの世界で好きに生きていこうとアクセルを踏んじゃったんです。でもお察しの通り、そう甘くはありません。情報誌の企画で花火大会の仮設トイレの数を集計したり、地味な作業をこなす毎日。想像していたのとちょっと違うなと、お世話になっていた編集部に片っ端から電話をかけて、ライターを辞める宣言しちゃったんです。それからしばらくフラフラしていたんですが、知り合いの編集者が下北沢で出版社を立ち上げるというので、二つ返事で入社。でも結局、会社は半年ほどで潰れてしまい、その時声をかけてくれたのが弊社の現社長でした。
現状を打破したい若者は結構本を読んでいる
当時の会社は編集者がほとんどおらず、営業が過去のヒット作を売っているだけの状態でした。編集に関して素人同然の私も数少ないメンバーと手探り状態で何冊か出版しましたが、当然売れない。そんな中つくった『夜回り先生』が異例のヒットを飛ばし、ようやく現在のサンクチュアリ出版の基礎ができあがりました。道を外し、夜の世界に足を踏み入れかける子どもたちを見守り続ける高校教師・水谷修さんのノンフィクションで、ヒットの要因はいろいろあったと思いますが、一つ言えるのが一般的な教育本ではなく、教育に関心のない人にターゲットを絞ったことです。
じつはここにちょっとしたカラクリがありまして、うちの会社は出版社でありながら、いわゆる「本好き」がほとんどいないのです。だからこそ、本をつくる過程で疑問が生じると「意味がわからない」、「面白くない」など、みんな率直に言い合うのです。でも、そうしたリアルな感想こそが大衆の本当の声だと思うし、おかげで、本が苦手な読者目線でつくることができます。『夜回り先生』もその賜物で、だったらこの特殊な職場環境を強みにしようと、「本を読まない人のための本づくり」という編集方針が固まりました。 扱うジャンルはワイン入門書から絵本まで、多岐にわたります。吉田松陰の言葉をデフォルメした啓発本『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』はビジネスマン向けにつくりましたが、意外にも小学生のファンが多くてびっくり。本離れが進んでいると言われていますが、あまりそうは思いません。現状を打破したい、何者かになってやろう、そんなふうに思っている若者は結構本を読んでいると感じます。確かに本は読むのは面倒くさいし、頭で考えないといけない。でも、SNSをボーッと見ながら漠然とした不安に流されるくらいなら、あえて「本」というものから余計な情報を仕入れて、自分なりのユニークな考えをもって行動に移した方が、人生楽しくない? と、思っています。
(左)『天職が見つかる空想教室』のゲラチェック風景。「読書に不慣れな人にもスラスラ読んでもらえるような親しみやすいデザインと構成を心がけました」。(右)「出版市場の現状を把握するために、話題本も定期的に目を通します」。
橋本編集長が手がけた作品のほんの一部。左上から時計回りに『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』、『天職が見つかる空想教室』、『私はこうして勉強にハマった』、『図解コーヒー一年生』、『犬が伝えたかったこと』。
Profile
1974年、東京生まれ。サンクチュアリ出版編集長・宣伝部長。犬とファミレスと横浜DeNAベイスターズが好き。楽しい編集、わかりやすいライティング、面白いPRを心がけている。
text:Misa Hasebe / photo:Makoto Kubodera