Interview

野生を信じて本を選んでほしい

有限会社B A C H 代表取締役 ブックディレクター幅允孝

 母親が近代文学好きだったので家にはそこそこ本がありました。白樺派の武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、等々。中にはセクシャルな作品もあり、母から「読んじゃだめ」と言われながらも、小学校高学年の自分は好奇心旺盛。川端康成の『片腕』は衝撃でしたね。視覚に頼らず、文章だけでよくあの艶めかしい描写が書けるものだと興奮したのを覚えています。

 仕事柄、多読で専門的と思われがちですが、そうでもないんです。「読まなきゃいけないから読む」はしたくなくて、無理に共有もしない。「読みたい本を自発的に独り読む」のスタンスです。3歳から18歳まで水泳をしていて、泳ぎは「外に向かうエネルギー」、読書は自分の「内側を見つめる行為」で、うまくバランスが取れていたと思います。読んだ本のジャンルもバラバラで雑食。ちなみに今でも結構速く泳げます。

 「難しい」と感じる本はたくさんありました。10代後半に読んだガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』。ストーリーは面白いのですが、登場人物が親族ばかりゆえ名前が似ていて、混乱するのです。書き手の意図でしょうが。当時は家系図がなく、自作したそれを照らし合わせながら何度も読み返したのを覚えています。

 読書は「何か」を理解するため、読み終わった後には知識が深まるものだと考えていました。しかし、『百年の孤独』に出会って「完全にわからなくても面白い読書」を知ったことは、貴重な体験でした。難解そうな本でも興味があるなら手に取る、難しいことを難しかった理由とともに頭の片隅に入れておく。違う書物や事象にヒントが隠れていたり、同じ本を何年か後に読むと理解できたりする場合もあります。

 若い世代には「焦らなくていい」ということを伝えたい。「失敗したくない病」が蔓延していますが、自分の野生に自信を持ってください。私は輪廻を信じているので、若い人は私より早く生まれ変わった大先輩。想像する以上の感覚が備わっているはず。本は独りで読むものだから、選ぶときも周りに振り回されず、直感的に「エイ!」といった感じで手を出していいと思います。本は二度と同じように読めないので、その一期一会を楽しんでもらいたいです。また、読書は静かな行為に見えますが、意外と動的。著者と読み手が1対1で向かい合う精神の受け渡しだと考えれば、文章の余白や余韻に耳を傾け、書き手の奥底にあるものを能動的に探るのも一興です。

 映画を早送りで観たり、あらすじを知ってから本を読む人が増えているそうです。私も仕事中は忙しくしているので時間がないストレスは分かりますが、遅い読書でしか辿り着けない心の内側にある未知の「深度」は存在すると思います。ゆっくり潜ってそこを覗き込むと、これまで気付かなかった自分が浮かび上がり、そこが新たな起点になるのです。

 生成AIのディープラーニングが進み、短期的な回答を求めるときは、文脈や因果関係を考えなくてもよい世の中が完成されつつあります。そんな中で、その人をその人たらしめるのは、自分の深い場所に眠る歪んで偏った、でも熱い何かなのではないでしょうか。システムやテクノロジーが人間存在の上位に存在してしまう世の中で、本は個々人の奥底にある熱に反応し、その人らしさを見つめ直す、抗いのツールになっていくのだと思います。

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