Interview

自宅の本棚は
頭の中の外部ストレージです

クイズプレーヤー伊沢拓司

 小学1年のとき、織田信長の学習漫画を読み、歴史にハマりました。これが読書の原体験です。学校は電車通学だったので、登下校中は格好の読書時間。ノンフィクションがとくに好きで、あさま山荘事件の関連本を、電車の中で一人ドキドキしながら読んだ記憶があります。

 本はつねに携えています。基準はいろいろですが、自分のなかの課題意識に応えてくれそうな一冊を選ぶことが多いです。読書が先というより、「これ知りたいな」という欲求が先にあるんですね。だから一冊読み終えたら、同じジャンルの本を連鎖的に読んだり、逆の立場の方の本を読んだりしながら、理解を深めていきます。一方で、ジャケ買いもします。書店で気になる装丁の本を見つけると、つい買ってしまうんです。最近だと、アンジェラ・ネイグル著『普通の奴らは皆殺し』(Type Slowly)の表紙デザインが印象的でした。サイズ感も絶妙で、内容的にも勉強になり、いい出会いでした。衝動買いした本がハズレるもよし、当たるもよし。金銭的に余裕が出てきてからは、「読書はかくあるべし」、みたいなことを考えなくなりました。

 気になると迷わず購入するし、一度手に入れたらもったいなくて手放すこともできない。こんな性分ですので、本は溜まる一方です。しかも、実際にページをめくったことのある本は、全体の5%ぐらいでしょうか。完全なる積読派です。でも「積んでおく」のにはちゃんと意味があって、数年後に何かしらで必要になることが結構あるんです。検索では無理な深さまでスピーディーに学べられる、これが積読のいいところ。自宅の本棚は僕の脳の一部、いわば外部ストレージみたいなものです。

「自宅の本棚の一部です。家中、本で溢れているため、段ボール30箱分を実家に送ったことがあります。さすがに両親には怒られましたが(笑)」

 今でこそクイズはメジャーになりましたが、かつては日の当たらないジャンルでした。中学時代、クイズ研究部に属していた僕は日陰者で、かっこいい運動部に対する羨ましさやコンプレックスがありました。そんな時、大槻ケンヂさんや中島らもさんのエッセイに何度救われたことか。近しい悩みを抱えつつも面白くいつづける彼らの、ときに愉快で、ときに切ない体験の数々は、自分の心境とリンクする部分が多く、学校をサボってまで読み漁っていました。鬱屈としていた中学生にとって心の拠り所でした。
 おかげさまで、クイズプレーヤーという仕事には自信を持っていますが、はじめたころは批判もあり、悩むことも……。そこでもまた、数多の本がヒントをくれました。そのなかの一冊が、村上陽一郎先生の『あらためて教養とは』(新潮社)です。本書いわく、「教養とは規矩」、つまり物差しであると。物差しをたくさん持っておけば、多様な事象や人間を理解しやすくなるわけですね。ならば、クイズで蓄える様々な知識も、教養の一部に足り得ると思えたんです。一つひとつの知識は一本の線にすぎないかもしれません。しかし、その線が無数に引かれれば罫線を成し、様々なものを測りうる物差しになるのです。本を通して村上先生が壁打ち相手となり、クイズを仕事にすることの意義を感じさせてくれた。キャリアにおける転換点でした。

 インターネット時代にあっても、本にしかできない伝え方があります。各メディアのいいとこ取りをして、知る欲望を満たし続けたい。「読書しなきゃ」じゃなくて、「読書がいいな」と思ったときに読む、これが幸せです。

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