戦場の希望の図書館
冒険物語が大好きな女の子ヌールと従兄のアミールは、内戦の続くシリアで地下の避難生活を続けるうち、秘密の図書館を作ることを思いつく。砲撃の合間に瓦礫から拾い集めた本を壊れたビルの地下室に運び込む。図書館のうわさが町に広がると、大人たちも集まるようになり、だれもが本をむさぼり読んだ……。
海外の児童書の賞をいくつも受賞した絵本『シリアの秘密の図書館』(くもん出版)は、実話に基づいた物語です。政府軍の攻撃で破壊され包囲されたダラヤで、町に残ることを選んだ若者たちが廃墟から約1万5000冊の本を救い出し、図書館を作りました。場所はレーダーも砲弾も届かない秘密の地下室。集めた本は、あとで持ち主に返すことができるよう管理していました。
若者たちは、「すべての本を受け入れる」方針を貫きました。あらゆる言語を受け入れ、宗教も例外としませんでした。この秘密の図書館には大人も子供も、反政府軍の兵士たちも通いました。図書館の中で多くの人たちが本を読み、貸し出しも許していたので前線で本を読む兵士もいました。
極限状態の人々は、本を読みます。東日本大震災に襲われた東北でも、被災した施設から本を持ち出した「青空図書館」や、車を店舗代わりにした「青空書店」が各地で開業し、被災者を力づけました。
『シリアの秘密の図書館』の作者、ワファー・タルノーフスカさんもレバノンの内戦下で幼少期を過ごした経験がありました。
「わたしは、自分よりつらい目にあっている人たちのことが書いてある本を読みました。そうすれば、すぐそばでなにもかもが破壊されていく恐怖にたえる勇気をもらえたからです」
あとがきの言葉は、極限状態で人はなぜ本を求めるのか、との問いに対する一つの答えです。事実、ダラヤの秘密図書館では、サラエボ包囲やベイルート包囲についての本がよく読まれました。
ヌール(アラビア語で「光」の意)とアミール(「王子」の意)の物語は、図書館が人々の希望の光となったことを示して終わります。現実の図書館は、ダラヤ陥落後、政府軍の兵士らが本を踏みつけ、ダマスカスの路上で叩き売って幕を閉じます。しかし、本を冒瀆したアサド大統領は、結局、国外逃亡を余儀なくされ、父子2代50年余に及んだ独裁政権は倒れます。
本は、人々が困難や絶望を乗り越える力になります。大切な人に大切な本を贈る「ギフトブック」は、だから深い意義があるのです。
公益財団法人文字・活字文化推進機構理事長
読売新聞グループ本社代表取締役社長山口寿一