書店減少の傾向に歯止めがかかり、近年、新しい書店が各地に誕生しているイギリス。
どこも個性豊かで魅力的! 現地在住のジャーナリスト・清水玲奈さんに案内してもらいました。
英国では書店が増えている!?
書店文化のリバイバルとも言うべき現象が、イギリスでは起きています。2016年以降、独立系書店の数は増え続けているし、大手書店チェーンも各地に支店を増やす好調ぶりなのです。それはなぜだろう? そんな疑問を抱えて数年にわたり書店巡りを続け、このほど『英国の本屋さんの間取り』(エクスナレッジ)にまとめました。個性的な19軒を、オーナー店長や書店員のインタビュー、それに写真とイラストで紹介しています。

日本と同様、イギリスでも、かつては書店が減り続けていました。イギリスの書店事情を理解するためには、まず1990年代に遡る必要があります。その頃、本の定価販売を定めていた協定が崩壊すると、熾烈な価格競争が始まりました。個人経営の街の書店が次々と姿を消し、出版社からの大量仕入れによって割引販売をする大手書店チェーンが台頭。2000年頃、それらのチェーンの共倒れが起こり、生き残り組もAmazonや電子書籍との競争によって苦戦を強いられ、書店の数は激減したのです。

同じ頃、「ブックストア・ツーリズム」という言葉が聞かれるようになりました。わざわざ遠方の書店に出かけていくという現象です。本を買うため(だけ)ではなく、本のある空間を楽しむために出かける場所。書店離れの反動のように、そんな新しい書店のあり方を追求する店が、SNSの台頭も追い風になって徐々に増えていきました。
ティーカップ片手に読書を満喫
たとえば、ロンドン・キングスクロス駅(ハリー・ポッターが9と3/4番線からホグワーツ魔法魔術学校に向けて旅立った駅)の裏手にある運河沿いには、船を丸ごと店にした「ワード・オン・ザ・ウォーター」(店名は水の上の言葉という意味)があります。船の中には、水面に反射したゆらめく光が差し込みます。いつも独自の選曲によるBGMが流れていて、プレイリストをSpotifyで公開しているほか、夏は船上でライブも行います。
やはり旅情を感じさせるのが、北イングランドの小さな村アニックにある広大な旧駅舎を用いた「バーター・ブックス」です。35万冊の古書を置き、年間35万人が訪れる一大観光名所になっています。本物の火が燃える暖炉のそばで紅茶を飲みながら本を読めるカフェは、行列ができる人気ぶりです。


(左)北イングランドの旧駅舎を利用した「バーター・ブックス」。(右)犬も飼い主も、本のある温かな空間でくつろいでいる。
“リアル”な書店員に選んでもらう安心感
一方で、目利きの店長・店員による選書が読書人の支持を集める正統派の書店も堅調です。イギリスではクリスマスプレゼントに本を贈る習慣があり、どの店も、10月の出版シーズンからクリスマス前までの時期が一番の書き入れ時になります。どんな本を贈るか悩むまでもなく、多くの人は、信頼できる書店員がいる店に行きます。贈る相手がどんな人で、何に興味があるかを言っただけで、ぴったりの本を選んでくれる目利きの書店員がいるからです。もちろん、自分が「次に読むべき本」を探すときにも、こうした店は頼りになります。Amazonのアルゴリズムで出てくるおすすめに辟易した体験のある人ほど、リアル書店の良さを実感しているのです。
さらに、ロンドンでも地方でも、書店は作家や出版社との関係を強化し、出版記念イベントとしての著者トークや朗読会、それにテーマを設けたメンバー制の読書会などを主催して、コミュニティづくりに努めています。
本があるリアルな空間を楽しみ、作家、書店員や読書仲間との触れ合いを通して読書生活を豊かにしてくれる。そんな書店があり、少し高くても喜んでここで本を買い、店を応援したいという読者が集まっているのです。
未来の読者を育てる取り組み
2016年にロンドン東部にオープンした「リブレリア」は、中でも突出した存在です。アルゼンチン出身の作家・ボルヘスの作品に登場する図書館をイメージしたという店内は、奥に向かって細長く、迷路のように曲がりくねった棚が続きます。あちこちにランプがあるものの全体が薄暗く、奥の壁が鏡張りになっているため、無限に書棚が続くような錯覚を引き起こします。店内は携帯電話が使用禁止で、とことんまで本との出合いを楽しめる夢のような空間です。さらに、棚には「幻滅した人のための幻想」「頭脳と心」など、独自のカテゴリー表示があり、店が厳選した本が思いがけない配列で並んでいます。アジア諸国やアラブ世界の現代文学など、ほかでは目につかないような本を、コアな読者たちが「この店のおすすめなら」と買っていきます。店内では著者や翻訳者らによる本をテーマにしたトークを頻繁に開催し、その録音をPodcastでも公開して人気を呼んでいます。店長が熱心に勧めた結果、イギリスでは無名だった韓国人作家の本が100冊売れたといった例があるほどです。


(左)「リブレリア」の鏡張りの壁の脇に、隠れ家のような児童書コーナーがある。(右)不定形に続く棚の間に、座って本が読めるコーナーが設けられている。
そして、このリブレリアの一番奥にある小部屋は、「昇る星」と表示された児童書コーナーです。この店に限らず、成功している多くの書店には、子どもの本のコーナーにとりわけ力を入れているという共通点があります。子どもに本を読む喜びを味わってもらい、書店の活用法を教えることは、未来の読者を育てることであり、出版・書店業界の存続のために不可欠だという意識があるのです。
さらに近年は、世界各国の現代文学の翻訳や、有色人種やニューロダイバージェントの子どもが主人公の児童書など、多様な本を積極的に売る取り組みが顕著です。また各地でLGBTQ+の権利を訴える書店も生まれています。本の多様性を高めることにより、書店の客層を広げるという業界の努力が、昨今の書店の盛り上がりに貢献しています。
余談ですが、前出の「ワード・オン・ザ・ウォーター」にはその名も「スター」という大人気の看板犬がいるし、「バーター・ブックス」は犬連れの客を歓迎。ドッグフレンドリーな書店が多いのも、イギリスらしい。書店は、その国の文化と社会を映し出す鏡なのでしょう。
こだわりの書店がたくさん!

王立植物園内の書籍コーナー
18世紀創立の王立植物園「キュー・ガーデンズ」のギフトショップの一角にある書籍コーナー。花の育て方や野菜料理の本から、毒草が登場する小説まで、幅広いラインナップが楽しい。店内には観葉植物が飾られ、植木鉢などのグッズとともに本が並ぶ。温室のような雰囲気の中で本が選べる。

お風呂のある名店
古代ローマの公共浴場跡がある世界遺産の街、バースを代表するのが「ミスター・ビーズ・エンポリアム」。屋敷を一軒丸ごと書店にしたような店にはさまざまな部屋があり、発見が尽きない。バースにちなんで猫足のバスタブも置かれていて、本が気持ちよさそうに「入浴」している。

寄稿・写真:清水玲奈(しみず・れいな)
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英、パリ暮らしを経てロンドン在住。2010年から世界各地の書店取材を続けている。本屋さん、出版、カルチャー関連のウェブ記事・著書・訳書多数。著書に『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』『英国の本屋さんの間取り』(いずれもエクスナレッジ)などがある。
ブログ:https://reinashimizu.blog.jp

教頭に反省文を褒められて文学の道を志す
高校生の時、少々やんちゃをしておりまして、停学になった時期があります。休んでいる間、毎日反省文を書かなくてはならず、仲間は嘆いていましたが、私はまったく苦ではなく。むしろ楽しくてポエムやら物語めいたものを書きまくっていました。処分が明けた頃には原稿用紙100枚以上になっていて、それを読んだ教頭先生が激賞してくれて。当時の私は褒められたことがすごく嬉しくて、自分は文章で生きていけると勘違いしちゃったんですね。で、一旦文学に目覚めてベタに夏目漱石とか芥川龍之介とか読み始めたのですが、とくに将来の夢もなく、大学は普通の経営学部に入って悶々とした日々を送っていました。

ある時、学食で出版社のライター募集のチラシを目にし、興味本位で応募。運良く受かり、求人誌の編集ページを任されるようになりました。サブカルチャー要素の強い企画で、楽しく働くだけでギャラをもらえちゃう。これは美味しいぞと、まわりが就職活動しているのを横目に、私はこの世界で好きに生きていこうとアクセルを踏んじゃったんです。でもお察しの通り、そう甘くはありません。情報誌の企画で花火大会の仮設トイレの数を集計したり、地味な作業をこなす毎日。想像していたのとちょっと違うなと、お世話になっていた編集部に片っ端から電話をかけて、ライターを辞める宣言しちゃったんです。それからしばらくフラフラしていたんですが、知り合いの編集者が下北沢で出版社を立ち上げるというので、二つ返事で入社。でも結局、会社は半年ほどで潰れてしまい、その時声をかけてくれたのが弊社の現社長でした。
現状を打破したい若者は結構本を読んでいる
当時の会社は編集者がほとんどおらず、営業が過去のヒット作を売っているだけの状態でした。編集に関して素人同然の私も数少ないメンバーと手探り状態で何冊か出版しましたが、当然売れない。そんな中つくった『夜回り先生』が異例のヒットを飛ばし、ようやく現在のサンクチュアリ出版の基礎ができあがりました。道を外し、夜の世界に足を踏み入れかける子どもたちを見守り続ける高校教師・水谷修さんのノンフィクションで、ヒットの要因はいろいろあったと思いますが、一つ言えるのが一般的な教育本ではなく、教育に関心のない人にターゲットを絞ったことです。
じつはここにちょっとしたカラクリがありまして、うちの会社は出版社でありながら、いわゆる「本好き」がほとんどいないのです。だからこそ、本をつくる過程で疑問が生じると「意味がわからない」、「面白くない」など、みんな率直に言い合うのです。でも、そうしたリアルな感想こそが大衆の本当の声だと思うし、おかげで、本が苦手な読者目線でつくることができます。『夜回り先生』もその賜物で、だったらこの特殊な職場環境を強みにしようと、「本を読まない人のための本づくり」という編集方針が固まりました。 扱うジャンルはワイン入門書から絵本まで、多岐にわたります。吉田松陰の言葉をデフォルメした啓発本『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』はビジネスマン向けにつくりましたが、意外にも小学生のファンが多くてびっくり。本離れが進んでいると言われていますが、あまりそうは思いません。現状を打破したい、何者かになってやろう、そんなふうに思っている若者は結構本を読んでいると感じます。確かに本は読むのは面倒くさいし、頭で考えないといけない。でも、SNSをボーッと見ながら漠然とした不安に流されるくらいなら、あえて「本」というものから余計な情報を仕入れて、自分なりのユニークな考えをもって行動に移した方が、人生楽しくない? と、思っています。


(左)『天職が見つかる空想教室』のゲラチェック風景。「読書に不慣れな人にもスラスラ読んでもらえるような親しみやすいデザインと構成を心がけました」。(右)「出版市場の現状を把握するために、話題本も定期的に目を通します」。

橋本編集長が手がけた作品のほんの一部。左上から時計回りに『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』、『天職が見つかる空想教室』、『私はこうして勉強にハマった』、『図解コーヒー一年生』、『犬が伝えたかったこと』。
Profile
1974年、東京生まれ。サンクチュアリ出版編集長・宣伝部長。犬とファミレスと横浜DeNAベイスターズが好き。楽しい編集、わかりやすいライティング、面白いPRを心がけている。
text:Misa Hasebe / photo:Makoto Kubodera
いわゆる一般的な書店が減る一方、テーマ性の高い本屋が増えてきているようです。
本屋ライターの和氣正幸さんに、東京の注目店を教えてもらいました。
大手メディアで書店数の減少が叫ばれている中、個性的な本屋が増えています。たとえば六本木にある「文喫」は、入場料制を取ったことで話題となりました。この店は、本屋の価値を販売だけでなく空間演出や棚づくりにまで拡張した点で興味深いです。一方、台湾発のチェーン書店「誠品生活日本橋」は、日本の書店とはまた違った切り口で本にまつわるカルチャーを紹介していて面白いです。ほかにも、本棚のひと箱を月額制で貸し出すことで成り立つシェア型書店という業態の店も増えていて、直木賞作家の今村翔吾氏が運営する「ほんまる神保町」は有名です。
いま挙げた店はどれもそれなりの規模がありますが、実は小さいながらも魅力的な本屋=独立書店もまた少しずつ増えていることはご存知でしょうか。公式な統計は存在しないので私が個人的に調べたものですが、2023年だけでも100店以上が開店。荻窪の本屋「Title」はその代表的な例です。次のページではそんな独立書店の中から、特におすすめの6店をご紹介。
思いがけない本との出合いも
文喫 六本木

時間も場所も気にせず思い切り読書できたら……。そんな本好きの夢を叶えてくれるのがこちら。入場料を支払えば、一日中滞在OK。約3万冊の中から気になる本を何冊でも読むことができ、気に入った本は購入も可能。誰でも利用できる無料エリアでは、雑誌や雑貨も販売しています。

東京都港区六本木6-1-20
六本木電気ビル1F
営業時間 9:00~20:00
※22:30までの「夜営業」実施中。詳しくは文喫HPまで。
定休日 不定休
入場料 1,650円(土日祝は2,530円)
TEL 03-6438-9120
https://bunkitsu.jp
人文や文学、アート関連に強い!
誠品生活日本橋

台湾の「誠品」グループの日本一号店。雑貨店や飲食店など4つのゾーンからなるカルチャー体験型店舗で、書籍ゾーンである「誠品書店」には、人文・文芸書や美術書など、選りすぐりの書籍が並びます。海外文学も充実していて、活字好きがこぞって来店。台湾の食品や文具なども売られていて、気軽に異文化を味わえます。

東京都中央区
日本橋室町3-2-1
COREDO室町テラス2F
営業時間
平日 11:00~20:00、
土日祝 10:00~20:00
定休日 年中無休
TEL 03-6225-2871
https://www.eslitespectrum.jp
棚主の個性が本に滲み出る
ほんまる神保町

2024年4月にオープンしたシェア型書店。本棚はすべて栂(つが)の無垢材を使用。密度が高く湿気に強いため、本との相性も抜群です。棚自体はシンプルですが、ひと箱ずつに棚主の個性が出ていて眺めているだけでも楽しめます。扱うジャンルはビジネス書からコミックまでじつに様々!

東京都千代田区神田神保町2-23-5
北井ビル1 F・B1
営業時間
11:30 〜19:00、
定休日 年中無休(お盆、年末年始)
TEL 03-6272-9940
https://www.honmaru.me
よりよく生きるための良書が揃う
Title

よりよく生きるための良書が揃う
Title

大手書店チェーン「リブロ」勤務後、2016年に店を開業した辻山良雄さん。ジャンルは多岐にわたりますが、とくに力を入れているのが生活の本。衣・食・住、哲学、社会など、その人がその人らしく生きていくための本が並びます。「いい本は語りかけるから」とポップによる解説はつけず、本と客が対話できるような心地よいレイアウトにこだわります。

東京都杉並区桃井1-5-2
営業時間
12:00〜19:30(日曜は19:00まで)
定休日 水曜、第1・第3火曜
TEL 03-6884-2894
https://www.title-books.com
和氣さん厳選! 一度は訪れたいこだわりの独立書店
屋上のある本屋&カフェ&ギャラリー
Twililight

三軒茶屋駅から徒歩5分。茶沢通り沿いにあるパン屋の上にある店です。静謐な空間に並ぶのは海外文学を中心に、詩歌や小説、エッセイにZINEなど。こだわりのコーヒーやワインに軽食を楽しみながら本を読むのは最高の時間です。極めつけは屋上があることで、夕焼け空を見ながら過ごす時間は格別。三軒茶屋に行くなら、必ず立ち寄ってほしい店です。

東京都世田谷区太子堂4-28-10
鈴木ビル3階&屋上
営業時間 12:00〜21:00
定休日 火曜、毎月第1・3水曜日
https://twililight.com
新刊、古本、マニアックなZINEまで
そぞろ書房

『鬱の本』で有名な出版社・点滅社と、編集制作ユニット・小窓舎が運営。10畳ほどの空間に詩歌を中心とした新刊とマニアックなZINEが並び、「ここに置かせてもらうのが初めて」という作家も多いです。展示などのイベントも開催。店の一部の棚は、本好きや作家に貸し出しもしていて、古本などが販売されています。高円寺らしいユニークな一店。


アパートの一室に広がる高円寺的カルチャー空間に浸れます。
杉並区高円寺南3-49-12
セブンハウス 202号室
営業時間 14:00〜20:00
定休日 月曜・火曜・木曜
TEL 050-3635-7162
https://linktr.ee/sozoroshobou
クィア、フェミニズム、孤独や連帯にまつわる本なら
loneliness books

東中野駅の駅前、ビルの4階にある店。ここはなんといっても品揃えが面白い! 日本だけでなく韓国を中心としたアジア全域の、クィア、フェミニズム、孤独や連帯にまつわる本が集められているのです。その思いに共感した人々が世界中からこの店を目指してきます。これからの時代を、意思を持って生きる人にこそ、訪ねて欲しい店です。

東京都中野区東中野1-56-5
ホシノビル 401号室
営業時間 14:00〜22:00
定休日 不定休
https://www.instagram.com/lonelinessbooks/
アーティストが提案する古本やアートブック
コ本や honkbooks

神楽坂にあるアーティストたちが運営する本屋。美術書やZINE、雑貨ばかりかと思いきや、しっかりとした古本屋でもあるのが面白い。思想や人類学、詩集をはじめとした文学、食などの古本が並びます。展示やイベントによってレイアウトが大胆に変わるのも特徴。「この間まで本屋だったのに、いまはスタジオみたい」と言われることも。「表現としての本屋」を考えさせられる店です。


昔ながらの古本屋とアートスペースが絶妙な塩梅で融合しています。
東京都新宿区山吹町294 小久保ビル2F
営業時間:12:00〜20:00
定休日 火曜
TEL:03-6907-2239
https://honkbooks.com
いま一番面白いシェア型書店
本店/本屋の実験室

全国に50店以上はあるシェア型書店の中で、いま一番面白いと私が感じる店です。どこがかといえば、「本を売ることに本気な人」を募集しているところ。他のシェア型書店では本を通したコミュニティ形成が主目的となるのですが、同店は小売店としても本気で取り組むことを明言しているわけです。現在、棚を借りているのは15店。これからどんな展開をするのか楽しみです。

東京都杉並区高円寺北3-5-17
営業時間 12:00〜20:00
定休日 月曜(祝日の場合翌日休)
https://honnonagaya-honten.com
シェア型×新刊のハイブリッド
BOOKSHOP TRAVELLER

私が運営する店。シェア型書店と新刊書店が共存した構造になっています。シェア型書店部分では、棚主おすすめの本や自作のZINEなどが楽しめます。一方、新刊書店部分には、私がセレクトした新刊が並びます。コンセプトは「みんなでつくる本屋」。そのため、棚づくりやフェア、イベントの一部を棚主と一緒に行うことで、自分一人ではできないような企画が実現できています。そこがこの店の魅力かなと、自負しています。

東京都世田谷区祖師谷1-9-14
営業時間 12:00〜19:00
定休日 火曜、水曜
https://traveller.bookshop-lover.com

寄稿・写真:和氣正幸(わき・まさゆき)
独立書店を応援する本屋ライター。『本の雑誌』(本の雑誌社)で連載「本屋の旅人」のほか、多くの媒体に寄稿している。単著に『東京わざわざ行きたい街の本屋さん』(ジー・ビー)、『日本の小さな本屋さん』(エクスナレッジ)他。2020年10月NHK Eテレ「趣味どきっ!」にも出演する。祖師ヶ谷大蔵の本屋「BOOKSHOP TRAVELLER」のオーナーでもある。

モヤモヤを代弁してくれるエッセイならではの爽快感
小学校のとき、さくらももこさんの『もものかんづめ』を読んだのは覚えていますが……。それ以外、本を読んだ記憶はございませんっ。中学、高校時代も部活ばかりしていたので、読書とは無縁の生活でした。本格的に読み始めたのは二十歳になった頃。バラエティー番組のロケで、海外に行くようになってからです。当時(18年ほど前)はスマートフォンやタブレットなんてまだ普及していませんでしたから、空港に着くと、必ず本屋さんに立ち寄るんです。で、何冊か気になったものを購入し、待ち時間や移動時間に暇つぶしに読む、というスタイルが定着しました。

当初は何を読めばいいのか、迷うこともありました。でも、いろいろ読み漁っていくうちに、自分の好みがだんだんわかるようになっていきました。どうやら私はエッセイが好きなのだと。
エッセイは作家さんの裏側が垣間見えるところが魅力です。とくに益田ミリさんの作品は、日常の失敗談や自虐ネタ、ちょっとシニカルな話なんかも盛り込まれていて、ページをめくりながら「わかる、わかる!」って、一人でニヤけちゃいます。なんとなくモヤモヤしていたことをズバッと代弁してくれることもあって、そんなコメントに出合うと、スッキリした気分になります。悩んでいたのは私だけじゃなかったんだって。エッセイと言えば、池波正太郎さん、伊丹十三さん、松浦弥太郎さんの作品も大好きで、私にとってバイブルのような存在。美意識や生き様がそれぞれの視点で綴られていて、惚れ惚れしちゃうんです。本当にみなさん、粋でスマートでカッコいい。時々本棚から取り出して、パワーをいただいています。
最近読んでシビれたのが、松永K三蔵さんの『バリ山行』。第171回 芥川賞受賞作ですよね。普段あまり小説は読まないのですが、この作品は面白かったー。
主人公が会社の同僚たちと登山する山岳小説で、その中に出てくるセリフにハッとさせられました。いわく、日常生活で怖いと感じることはよくあるけれど、じつはそれ、自分たちでつくり出して勝手にそう思っているだけだと。一方、山には本物の恐怖が潜んでいて、我々はそれを実感するために、わざわざ山頂を目指すというのです。仕事で何度も登山をしていますが、確かに山はケガや死と隣り合わせ。この一文を読んで、恐怖の本質を理解しました。
いつか貞子さんのように料理上手になりたい
先輩や顧問の先生など、みなさんにもすでに現実の世界にメンターと呼べる人がいるかもしれません。けれど、それプラス本の世界にもメンターをつくっておくことをおすすめします。悩んだり、壁にぶつかった時に本を開き、“師匠”の言葉を読み返すのです。すると、不思議と冷静になれたり、立ち戻れたり、やる気が湧いてきたりもしますから。
私にも池波正太郎さんや伊丹十三さんをはじめ、師と仰ぐ方が何人かいまして、最近はとくに、沢村貞子さんを慕っています。ご自身の日々の献立をまとめた『わたしの献立日記』を読んで以来、丁寧な暮らしに憧れていて、貞子さんがかつてそうしたように、私も仕事現場に手製の弁当を持参するのを目標にしているんです。うつわや調理器具にも興味が湧いてきて、キッチンが賑やかになってきました。まだまだ真似事ですが、いつか彼女のように、手際よく料理をつくれる素敵な女性になりたいと思っています。
家事なんて無縁だった私が、今日も朝からそぼろ弁当をつくっちゃうんですから。本の力ってすごいですよ、本当に。

イモトさんが最近読んで感銘を受けた
『バリ山行』(講談社)

主人公の波多は、同僚に誘われるまま六甲山登山に参加。その後、社内登山グループは正式な登山部となり、波多も親睦を図るための気楽な活動をするようになっていた。しかし、一人のベテラン社員が、あえて登山路を外れる難易度の高い登山「バリ山行」をしていることを知ると……。山と人生を重ねて模索する純文山岳小説
撮影に協力してくれたのは


<市谷の杜 本と活字館>
大正期の建築を復元した、活字と本づくりの文化施設。活版印刷の印刷所のほかに、本づくり体験ができる工房やショップ、カフェが併設されている。
東京都新宿区市谷加賀町1-1-1(大日本印刷)
03-6386-0555
開館時間:10:00~18:00
休館:月曜・火曜(祝日の場合は開館)、年末年始
入場無料
https://ichigaya-letterpress.jp
text:Misa Hasebe / photo:Makoto Kubodera
コミック、小説、雑誌、ウェブメディア、アニメ、ゲーム――。
扱うコンテンツはじつに多彩! 人事部長と入社2~3年目の若手社員に、
講談社の魅力を語っていただきました。
Voice:01 人事部長 川端里恵 さん
個人の想いを形にするために変化し続けるお仕事です

編集者は何のプロでもないけれど、
何にでもなれるワイルドカード
編集者の仕事の意味について考えさせられる出来事がありました。新型コロナウィルス感染予防対策が手探りだった2020年。雑誌の撮影現場にも厳しい人数制限がかけられました。最小限のスタッフに絞ろうとすると、最初に削られるべきは「編集者」だと、自虐的でもなんでもなく真剣に考えました。被写体であるモデルや俳優、カメラマン、スタイリスト、ヘアメイク……それぞれに専門家としての替え難い役割がありますが、編集者だけが何のプロでもないのです。そもそも出版社の仕事自体“不要不急”の業務ばかりです。私はそれまで15年くらい女性誌の編集者をしてきましたが、時間と心を捧げてきたものはなんだったのかと考えさせられました。
コロナ対策はコンテンツの届け方と楽しまれ方を大きく変えました。リアルとオンラインのハイブリッドが当たり前になり、「好き」は「推す」に、「推し」は課金を伴う「活動」になりました。そうした「活動」の裏側で、編集者は作家や作品のマネージャーになり、プロデューサーになり、アニメやゲームやアプリ、イベントの監修者となり、ときにインフルエンサーにもなる、タイミングによって役割が変わる“ワイルドカード”に。楽しまれ方が広がることで、編集者だけでなく、営業、宣伝、経理にいたるまで、仕事の中身はさま変わりしつつあります。この先、出版の仕事はもっと変わっていくでしょう。「出版社」という名前は残っても、数年のうちに「版を刷って出す」仕事はなくなっているかもしれません。
一番熱烈なファンであり、
一番の読者であることが原動力
変わりゆく出版業界の中で講談社の未来を語る前に、私が講談社に入った理由を少しだけお話しさせてください。母も祖母も漫画が大好きな人で、実家の本棚には手塚治虫先生の『アドルフに告ぐ』(文藝春秋)、『ブラック・ジャック』(秋田書店)、水木杏子先生(原作)、いがらしゆみこ先生(作画)の『キャンディ♡キャンディ』(講談社)、美内すずえ先生の『ガラスの仮面』(白泉社)などがずらりと並んでいました。中でも、子どもの頃の私が夢中になったのがボクシング漫画の金字塔『あしたのジョー』(原作:高森朝雄(梶原一騎)・作画:ちばてつや、講談社)でした。「週刊少年マガジン」連載当時(1967〜73年)、主人公・矢吹丈の最大のライバルであった力石徹が丈との死闘の末に命尽きると、嘆き悲しむファンの声が編集部に殺到したといいます。想像を超えた反響に、講談社は本社の講堂で「力石徹のお葬式」を開いたらしいという話を祖母から聞いて、子ども心に「講談社ってイケてる会社だな」と思いました。今でいう「ファンミ」ですよね。のちに読んだ記録(『ちばてつやとジョーの闘いと青春の1954日』)では、800人あまりの弔問客が参列。目を赤く泣き腫らした少年・少女たちを見て、ちばてつや先生は責任を感じたと言います。
講談社に入った今、お坊さんまで呼んだおごそかな式典を執り行うことにエラい人は反対しなかったのかと余計な心配もしますが、きっとエラい人たちも編集部も販売部も宣伝部もみんなジョーが、力石が好きだったんだろうと想像します。

ここ最近、出版社の仕事が「コンテンツビジネス」、「ファンビジネス」、「IPビジネス」といった呼び方をされるようになりました。正直にいうと、私はどれもあまりしっくりきていません。なんとかビジネスの前に、作家や漫画家、読者などの「個人の想い」を形にすることが私たちの仕事の核にあります。さらに、作品に携わる人たちが、それぞれにその作品の一番熱心なファンであり、一番の読者である、そんなひとりひとりの想いの伝播がたくさんの人の心を動かす、という実感が年々強くなっています。
私は今、人事部長の立場となって、数多くの採用面接に立ち会うことになりました。出版社を目指す動機として、ある本や漫画との出会いが語られるとき、私はいつも少し泣きそうになります。いじめや不登校といった出口の見えない時期にこんな物語に救われたと喋りながら、感極まって涙が溢れてしまう受験者も少なくありません。出版社の仕事は不要不急だといいましたが、こんなふうに誰かの人生に強い影響を与えることがあります。今までだって真剣に働いてきたけど、もっと真剣にやらなくちゃという気持ちになります。そして同時に「物語に目を泣き腫らしたことがある人の人生は豊かだ」と思うのです。
川端さんおすすめの本

ちばてつや、高森朝雄、豊福きこう
講談社 1,430円(税込)
週刊誌で漫画を描くのはまさに闘い。真っ白な灰になるラストシーンまでの苦悩を綴った力闘の記録。仕事にやる気が出ないとき、これを読んで奮い立たせます。

『夢を叶えるために脳はある「私という現象」、
高校生と脳を語り尽くす』
池谷裕二
講談社 2,420円(税込)
人工知能や機械学習の発達によって、人間がやるべき仕事はどう変わっていくのだろうと最近よく考えます。脳科学の第一人者・池谷裕二先生と高校生の対話で綴られた読みやすい講義録です。
Profile
2002年立教大学卒業後、講談社入社。広告営業部門へ配属後、女性誌「with」「VOCE」「FRaU」、ウェブマガジン「mi-mollet」編集部に在籍。2022年より人事部長に。おすすめの本を紹介するポッドキャスト「真夜中の読書会〜おしゃべりな図書室」を配信中。
Voice:02 高橋茉由 さん 2022年4月、講談社入社。同年6月より書籍営業部に勤務。
面白さをどう伝えるか、試行錯誤の日々です

私は理系の大学院出身です。研究者の道も考えましたが、将来のほかの可能性を想像した時にふと、昔から本が大好きだったことに思い至って。本の面白さを伝える仕事がしたくて、講談社に入社しました。
営業の仕事は、初版・重版の部数を検討したり、書店様の注文に対応したり、宣伝施策を考えたりと多彩です。担当作の面白さをどうやって伝えようかと考える時間がとくに楽しいですね。
今は「群像」と単行本、文庫の販売と宣伝を担当しています。「群像」は分厚さとは裏腹に驚くほど軽くて、面白い作品に必ず出合える文芸誌。連載時から大好きだった百瀬文さんの『なめらかな人』は、プルーフ(試し読み版)とフリーペーパーを制作しました。学生時代から大ファンだった高瀬隼子さんの『新しい恋愛』は、読んで大きく売り伸ばしたいと思い、強気の初版部数を提案しました。特設HPを作ったり、高瀬さんと書店員さんのオンライン交流会を開くなど、様々な施策をすすめた思い入れのある一冊です。
編集部には週に3、4回足を運びます。営業と編集は意見が割れることもありますが、売りたい、届けたいという気持ちは一緒。仲間として同じ方向を向きたいといつも思っています。

Voice:03 梶川颯太 さん 2023年4月、講談社入社。同年6月より女性コミック編集部に勤務。
目標は、担当作家さんとの「新連載の立ち上げ」です

父の影響で昔から漫画が好きでした。中学生の頃に『バクマン。』で編集者の存在を知り……、好きな作品を最初に読めるのはいいなと思いました(笑)。
大学生の頃は講談社の青年漫画が特に好きだったので、青年誌の編集者を志望しました。ですが、漫画編集者ならどのジャンルにも携わりたかったのが本音です。
女性コミック編集部で20人程の作家さんを担当しています。連載中の方もいれば、連載を目指す新人作家の方も。打合せでは、作家さんが描きたいものと読者の方々が求めるものが重なるところを見つけられるように意識しています。
最近は「デザート」本誌の付録で、新人作家の作品を掲載する別冊「Pink」の表紙を担当し、コンセプト提案から依頼までチーフに相談しながら完成させました。また、とくに深く関わった作品の一つが空垣れいださんの『沼すぎてもはや恋』です。5巻の紙版カバーでは、デザイナーの方と打ち合わせを重ねて、提案したリードも採用されました。書店に並んでいるのを見た時は感慨深かったです。
昨年の講談社漫画賞の贈呈式で、受賞作を担当していた先輩編集者が、壇上の作家さんを見つめて涙ぐむ姿を見ました。自分もいつかそんな場に、担当者として立ち会えたら最高です。


音羽通りから見た社屋

手前の建物は1934年に竣工した本館、奥に立つ高層ビルは1998年に竣工した高層棟。ほかに、アトリウム棟、スタジオ棟、北棟があります。
エントランス

人の行き来が多い1階エントランス。日中は日の光が差し込み、一日の移り変わりを感じられます。
ホワイエ

講談社で働く人たちや来社された方が自由に利用できるスペース。打ち合わせや読書、オンラインミーティングなど、様々な過ごし方ができます。
週刊少年マガジン編集部

出版物の色校やポスターなどの宣伝物を壁面に貼ったり、グッズを棚上に置いたりと、編集部それぞれのカラーがあります。
スタジオ

講談社のコンテンツやそのプロモーション活動に欠かせない写真や動画。講談社には撮影や収録が可能なスタジオもあります。
カフェテリア

ランチタイムは日替わり定食やパスタ、特製スパイス・チキン・カレー、そば、うどんなど多彩なメニューを楽しめます。毎回テーマを設定して食事をしながら交流する『ごちそう会』というイベントも、カフェテリアで開催しています。
資料センター・図書閲覧室

ニューヨーク・パブリック・ライブラリーのリーディングルームのイメージを反映して作られました。
資料センター・地下倉庫

1909年の創業以来、講談社の全出版物および創作物をつくり出す参考となる他社図書資料の合計43万冊(倉庫収蔵含む)と多数の写真資料が集積されています。
毎年発表される文学賞。
今年の受賞作にはどんな作品が選ばれたのでしょう。
主な受賞作品をご紹介。
第171回 芥川龍之介賞

新潮社

講談社
第171回 直木三十五賞

光文社
第70回 江戸川乱歩賞
第60回 谷崎潤一郎賞

集英社
第37回 三島由紀夫賞

集英社
第77回 日本推理作家協会賞 長編および連作短編集部門

KADOKAWA

祥伝社
第34回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞

文藝春秋
第60回 文藝賞

河出書房新社
第60回 文藝賞短篇部門

河出書房新社
第23回 小林秀雄賞

夢を叶えるために脳はある
「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす
講談社
第75回 読売文学賞 小説賞

中央公論新社
第55回 大宅壮一ノンフィクション賞

文藝春秋
第72回 日本エッセイスト・クラブ賞

集英社
第22回 「このミステリーがすごい!」大賞

宝島社
第21回 本屋大賞

新潮社
『書店主フィクリーのものがたり』は、読者の本質を教えてくれる一冊です。
刊行されると、すぐニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに登場し、全米の図書館員からベストブックに選ばれ、日本でも2016年の本屋大賞翻訳小説部門を受賞しました。
舞台は、デジタル化に伴い、書店が次々と姿を消す現代社会です。ハヤカワepi文庫の帯には、「偏屈な書店主×孤島の愉快な住人」と記されています。
偏屈な書店主フィクリーは、名門プリンストン大学の大学院でエドガー・アラン・ポーを研究していた学究です。同じ大学で知り合った妻と、「本屋のない町は町じゃない」と語り合い、博士号の取得をやめて、妻の故郷の島に小さな本屋を開業する道を選びます。無書店の町に、志を持って独立書店を開いたわけです。
ところが、不幸な事故で身ごもっていた妻は亡くなってしまいます。傷心の日々を送るうち、書店に幼い女の子が捨てられる事件が起き、そこから物語が展開します。
全編を通じて、本の持つ特別な力が描かれます。本によって育てられたのは、店にある絵本を毎日読み、小説を書く高校生になった捨て子のマヤだけではありません。本とは縁遠かった警察署長が本好きになり、署長特選読書会は、島の住人の人気イベントになります。
しかし、幸せをつかみかけたフィクリーを再び悲劇が襲います。
ぼくたちはひとりぼっちでないことを知るために読むんだ。ぼくたちはひとりぼっちだから読むんだ。ぼくたちは読む、そしてぼくたちはひとりぼっちではない。
物語の終盤、自らの運命を知ったフィクリーのつぶやきは、読む者の胸を刺します。
主人公の死後、島の人々が抱いたのは、島に一軒だけの本屋はどうなるのかという疑問でした。思いがけない人物が本屋を引き継ぐ決意をして、物語は結末を迎えます。
「本屋のない町なんて、町にあらずだぜ」という署長のせりふが、この小説のもう一つのメッセージです。
本は人を育て、人をつなぎ、人と世界を結びます。
『書店主フィクリーのものがたり』は、章ごとの扉に、フィクリーがマヤに薦める小説として、フィッツジェラルド、サリンジャー、ポーらの名品の題名が掲げられ、フィクリーのコメントが付されて、それも読み進む楽しみになっています。
折しも、国内では経済産業省が書店振興プロジェクトに取り組んでいます。
どの町にも本屋がある社会を取り戻し、それとともに、好きな本を親しい人に贈るギフトブックの習慣が広がることを祈っています。
毎年発表される文学賞。
今年の受賞作にはどんな作品が選ばれたのでしょう。
主な受賞作品をご紹介。
第172回 芥川龍之介賞

河出書房新社

朝日新聞出版
第172回 直木三十五賞

新潮社
第71回 江戸川乱歩賞

講談社
第61回 谷崎潤一郎賞

河出書房新社
第38回 三島由紀夫賞

新潮社
第78回 日本推理作家協会賞 長編および連作短編集部門

講談社
第61回 文藝賞

河出書房新社

河出書房新社
第24回 小林秀雄賞

荷風の昭和 前篇─関東大震災から日米開戦まで─
荷風の昭和 後篇─偏奇館焼亡から最期の日まで─
新潮社
第76回 読売文学賞 小説賞

文藝春秋
第56回 大宅壮一ノンフィクション賞

バブル兄弟 “五輪を喰った兄”高橋治之と“長銀を潰した弟”高橋治則
西﨑伸彦文藝春秋
第73回 日本エッセイスト・クラブ賞

河出書房新社
第23回 「このミステリーがすごい!」大賞

宝島社
第22回 本屋大賞

講談社
第24回 新潮ドキュメント賞

小学館
第38回 山本周五郎賞

幻冬舎
第20回 中央公論文芸賞

KADOKAWA
戦後80年が経ちました。敗戦時は今で言えば小学4年生(当時は国民学校4年生)。夏休みを挟んで世の中がすっかり変わり、子供心にも社会や権威に対する不信感が芽生えたのもやむを得なかったのでしょう。国民は今日の食べ物を確保するのに必死で、餓死する人もいました。高級住宅に駐留する進駐軍を横目に見ながらの復興の日々が始まりました。
大学3年生のときに大病を患い、自宅療養を余儀なくされました。読書と音楽鑑賞しかすることがないのです。当時は小説ばかりでしたが、それがきっかけで読書が習慣づいたと思います。今90歳なので約70年間、数え切れないほどの本を読みました。私の中では読書は趣味ではなく習慣ですね。
本は読めば読むほど「学び」につながり、読む人の人生を豊かにします。でも、この年齢になってもまだ知らないことばかりです。それがまた面白い。「もっと知りたい」「追求したい」の思いに駆られ、好奇心が湧いてきます。「本を読まなきゃ」と強制するのでなく習慣づけると、いつの間にか知識が蓄積され、日常がより楽しくなります。

私はいつも2、3冊を手元に置いて並行して読んでいます。少し気合を入れて読まないと理解が難しい硬い本、そればかりでは気力が続かないので捕物帳のような読みやすい本、両方の中間辺りに位置する、例えば知人から贈呈された著書などです。中間の本は、今、竹中平蔵さんの『日本経済に追い風が吹く』(幻冬舎新書)を読んでいます。
小説でいえば村上春樹作品は、独特の世界観で毎回〝なぞなぞ〟を見ているよう。読了後も「どういう意味だったのだろうか」と考えさせられますが、新刊が出るとまた読んでしまう。奇想天外のことを書いているけれど「読ませる力」があるのでしょう。カズオ・イシグロ作品はいつも何かを訴えている。村上氏とイシグロ氏、タイプはまったく違いますが、どちらも没入して読んでいます。
いつも思うのですが、日本の教育現場では、なぜ現代史をもっと詳しく教えないのでしょうか。縄文文化は習っているのに、自分たちが今どうしてここにいるのか、直前のことを知らない方が多い印象を受けます。
とくに若い人には社会に出る前に、半藤一利著『昭和史』(平凡社ライブラリー)の戦前篇と戦後篇、少なくともこの2冊は読んでいただきたい。読みやすいので、現代史の知識を補うのにちょうどよいかと思います。司馬遼太郎著『坂の上の雲』(文春文庫)もおすすめです。創作を交えた歴史小説であり、明治維新から日露戦争でロシアに勝利するまでの、日本の飛躍期を描いた一冊です。日本がどのようにピークを迎え、その後変わっていったのか、考えていただきたいです。
もう一冊はやっと訳出されたポール・シェアード著『パワー・オブ・マネー 新・貨幣入門』(早川書房)です。難しいかもしれませんが、読後に新鮮な知識が持てたと思うだけでなく物事の見方が深まるでしょう。

今こそ、あらためて日本の教育を見つめ直してほしい。日本は何をして、何をされたのか。中国や韓国などから日本はどう見られているのか。日本の若い世代がのんびりしている間に諸外国の若者は「戦争」ではなく「学び」という手法でアグレッシブに戦っています。「勉強」が堅苦しいのであれば、「読書」という素晴らしい文化があります。本から学びを深めて、世界と対等に渡り合ってほしいです。
母親が近代文学好きだったので家にはそこそこ本がありました。白樺派の武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、等々。中にはセクシャルな作品もあり、母から「読んじゃだめ」と言われながらも、小学校高学年の自分は好奇心旺盛。川端康成の『片腕』は衝撃でしたね。視覚に頼らず、文章だけでよくあの艶めかしい描写が書けるものだと興奮したのを覚えています。
仕事柄、多読で専門的と思われがちですが、そうでもないんです。「読まなきゃいけないから読む」はしたくなくて、無理に共有もしない。「読みたい本を自発的に独り読む」のスタンスです。3歳から18歳まで水泳をしていて、泳ぎは「外に向かうエネルギー」、読書は自分の「内側を見つめる行為」で、うまくバランスが取れていたと思います。読んだ本のジャンルもバラバラで雑食。ちなみに今でも結構速く泳げます。

「難しい」と感じる本はたくさんありました。10代後半に読んだガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』。ストーリーは面白いのですが、登場人物が親族ばかりゆえ名前が似ていて、混乱するのです。書き手の意図でしょうが。当時は家系図がなく、自作したそれを照らし合わせながら何度も読み返したのを覚えています。
読書は「何か」を理解するため、読み終わった後には知識が深まるものだと考えていました。しかし、『百年の孤独』に出会って「完全にわからなくても面白い読書」を知ったことは、貴重な体験でした。難解そうな本でも興味があるなら手に取る、難しいことを難しかった理由とともに頭の片隅に入れておく。違う書物や事象にヒントが隠れていたり、同じ本を何年か後に読むと理解できたりする場合もあります。

若い世代には「焦らなくていい」ということを伝えたい。「失敗したくない病」が蔓延していますが、自分の野生に自信を持ってください。私は輪廻を信じているので、若い人は私より早く生まれ変わった大先輩。想像する以上の感覚が備わっているはず。本は独りで読むものだから、選ぶときも周りに振り回されず、直感的に「エイ!」といった感じで手を出していいと思います。本は二度と同じように読めないので、その一期一会を楽しんでもらいたいです。また、読書は静かな行為に見えますが、意外と動的。著者と読み手が1対1で向かい合う精神の受け渡しだと考えれば、文章の余白や余韻に耳を傾け、書き手の奥底にあるものを能動的に探るのも一興です。
映画を早送りで観たり、あらすじを知ってから本を読む人が増えているそうです。私も仕事中は忙しくしているので時間がないストレスは分かりますが、遅い読書でしか辿り着けない心の内側にある未知の「深度」は存在すると思います。ゆっくり潜ってそこを覗き込むと、これまで気付かなかった自分が浮かび上がり、そこが新たな起点になるのです。
生成AIのディープラーニングが進み、短期的な回答を求めるときは、文脈や因果関係を考えなくてもよい世の中が完成されつつあります。そんな中で、その人をその人たらしめるのは、自分の深い場所に眠る歪んで偏った、でも熱い何かなのではないでしょうか。システムやテクノロジーが人間存在の上位に存在してしまう世の中で、本は個々人の奥底にある熱に反応し、その人らしさを見つめ直す、抗いのツールになっていくのだと思います。

